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名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)1356号 判決 1974年6月28日

原告

織田享

ほか二名

被告

安藤飴句伃

主文

一  被告らは各自原告織田享に対し金八七万四、五一九円および内金七七万四、五一九円に対する昭和四七年四月一一日から、内金一〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告織田泰子に対し金一四三万六、三三三円および内金一三一万六、三三三円に対する昭和四七年四月一一日から、内金一二万円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告織田淳子に対し金一四万〇、〇三八円および内金一二万五、〇三八円に対する昭和四七年四月一一日から内金一万五、〇〇〇円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの負担としその二を被告らの負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告両名は各自

1  原告織田享に対し金一七八万六、〇〇〇円および内金一六二万六、〇〇〇円に対する昭和四七年四月一一日以降、内金一六万円に対するこの判決確定の日以降、各完済まで年五分の割合による金員を

2  原告織田泰子に対し金三一二万七、〇〇〇円および内金二八四万七、〇〇〇円に対する昭和四七年四月一一日以降、内金二八万円に対するこの判決確定の日以降、各完済まで年五分の割合による金員を

3  原告織田淳子に対し金九九万六、〇〇〇円および内金九〇万六、〇〇〇円に対する昭和四七年四月一一日以降、内金九万円に対するこの判決確定の日以降、各完済まで年五分の割合による金員を各支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する被告らの答弁

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

1  発生日時 昭和四七年四月一〇日午後一時頃

2  発生地 愛知県瀬戸市沓掛地内愛岐道路(以下単に該道路という)上

3  加害車輪 被告安藤飴句伃(以下単に被告飴句伃という)運転の普通乗用自動車(ニッサン・セドリック、以下単に被告車という)

4  被害車輪 原告織田享(以下単に原告享という)運転の普通乗用自動車(トヨク・カローラ、以下単に原告車という)

5  被害者らの事情 原告織田泰子(以下単に原告泰子という)は、原告享の妻(以下原告享同泰子を単に原告ら夫婦という)であり、事故発生当時原告車の助手席で原告ら夫婦の長女である原告織田淳子(以下単に原告淳子という)を抱いて原告車に同乗していた。

6  事故の態様 該道路は山峡を蛇行する土岐川沿いに設けられた片側各一車線の曲折多く見通しのよくない交通頻繁な有料道路であり、全区間に亘つて追越禁止の標識である黄色センター・ラインが表示されているところ、原告車が多治見市方面に向い走行中、突然、曲折地点である現場で、名古屋方面へ向い走行中の被告車がセンター・ラインを越えて対向車線(原告車側車線)へ高速度で進入したため正面衝突した。

二  責任原因

本件事故は、被告飴句伃の見通しのよくない道路の曲り角における右側通行という無謀運転によつて惹起されたものであるから民法七〇九条により又被告車は右被告の父である被告元七の保有する自動車であつて、同被告は被告飴句伃の被告車の使用を許容していたものであるから自動車損害賠償保障法三条により、それぞれ原告らの損害を賠償すべき責任がある。

三  原告享(昭和一四年一月一二日生)の負傷と治療経過

1  岐阜県立多治見病院(多治見市前畑町五丁目一六一番地所在)関係

(一) 外科

病名 胸部、顔面、両下肢打撲。胸部、両下肢挫傷。両膝部挫創。左肋軟骨部損傷及び項部挫傷。

入院期間 自昭和四七年四月一〇日至同年五月一〇日

通院期間 自昭和四七年五月一一日至同年五月二九日

通院実日数三日

要附添看護期間 自昭和四七年四月一〇日至同年四月二九日

(二) 脳神経外科

病名 頸部捻挫

通院期間 自昭和四七年五月二三日至同年五月二六日通院実日数二日但し右外科通院日数に含まれる

(三) 整形外科

病名 左膝内側々副靱帯損傷

通院期間 自昭和四七年五月二九日至同年八月三日通院実日数二六日

2  柳瀬歯科医院(名古屋市昭和区鶴舞三丁目二ノ一所在院長柳瀬順逸)関係

病名 上歯列中右一番及び左四番の急化歯根膜炎。同右二番及び左一、二番歯の急化歯髄炎から歯根膜炎。同左一番歯欠損。

右記前歯の歯痛、動揺及び変色そのうち同右一番は保存に堪えず。

通院期間 昭和四七年八月一六日初診、現在加療中

既通院実日数二〇日

今後の通院実日数予想三日

右合計通院実日数二三日

3  右(一)及び(二)の病医院における治療期間の合計

(一) 総合治療期間 自昭和四七年四月一〇日至同四八年六月三〇日(歯科治療完了予定日)

(二) 入院延日数 三一日

(三) 要附添看護日数 二〇日

(四) 通院実日数 五二日

4  後遺症―原告享の自覚症状―

(一) 曇天、雨天時に後頭部に頭重(麻痺)感(具体的には後頭部内に薄紙が入つているような異常感)。

(二) 左膝が作業して疲労すると、だるく痛い。又常態時においても左脚に体重を負荷すると鈍痛を感ずる。

四  原告享の損害合計金一七八万六、〇〇〇円(千位未満切捨)

1  喪失給料及び賞与 金六九万三、〇八五円

(一) 原告享は訴外日本サツシメンテナス株式会社(名古屋市昭和区小針町四丁目一番地)にサツシ工として就職しているものであるが本件事故のため四月一〇日から七月二三日(七月二四日復職)まで休職し、その間給料及び賞与の支給を受けられなかつた。

原告享の本件事故前三ケ月間の月当り平均給与は金一一万二、一〇〇円であり、その一日当り給料は金三、七三七円であるから右休職総日数一〇五日に右単価を乗じた金三九万二、三八五円の給料を喪失した。

(二) 原告享は六月本件事故なかりせば得られた賞与金三〇万〇、七〇〇円を喪失した。

2  附添費用金八万円

原告享の前記多治見病院入院期間のうち五月初旬までは(1)織田とよ子(妹)(2)織田みほ子(義姉)(3)井之口和子(義妹)の三名が順次泊り込みで昼夜の別なく附添看護を行なつた。よつて前記要附添日数二〇日に同病院での職業附添看護人の日給額金四、〇〇〇円を乗じた金八万円(右三名の食費、諸雑費及び旅費を含む)の支払を求める。

3  入院中の諸雑費金一万五、五〇〇円

原告享の入院実日数三一日に一日当り諸雑費支出五〇〇円として、その単価を乗じた金一万五、五〇〇円

4  交通費金八、六五〇円

(一) 退院時タクシー代金一、二五〇円

(二) 多治見病院への通院(通算二九日)のため金六、九六〇円

一日当り往復交通費金二四〇円(藤山台―国鉄高蔵寺駅前まで名鉄バス片道四〇円、国鉄高蔵寺駅―多治見駅まで片道六〇円、多治見駅前―多治見病院まで東鉄バス片道二〇円)

(三) 瀬戸市警察署へ二回出頭するため金四四〇円

5  治療費―柳瀬歯科医院の治療費―金一一万六、一〇〇円

6  慰藉料 金六五万円

(一) 入院中の精神的損害 金一五万円

(二) 通院中の〃 金一〇万円

(三) 前記頭部及び左膝部後遺症 金二〇万円

(四) 前記歯科補綴による精神的損害 金二〇万円

7  物損 金六万三、〇八三円

原告は昭和四六年一二月一〇日原告車(トヨタカローラセダン・デラツクス新車)を購入後一二〇日経過して本件事故に遭遇し、原告車は大破して廃棄処分の已むなきに至つた。右購入時の代金関係は左のとおりである。

(一) 車輌代 金四二万七、〇〇〇円

(二) 自賠責保険 金三万五、四五〇円(二四ケ月)

(三) 自動車取得税 金一万三、三八〇円(三ケ月)

(四) 自動車税 金五、二五〇円(三ケ月)

(五) 登録手数料 金一万四、〇〇〇円

(六) 手形手数料 金二万五、〇五〇円(昭和四七年一月から同一二月までの一二回分)

(七) 重量税 金一万円

以上(一)乃至(七)合計金五三万〇、一三〇円となるが、右のうち(一)(三)(五)乃至(七)が原告車の取得価額を形成する。但し、右(六)の手形手数料については未経過分につき金四、八一七円の割戻しがあつたので、差引金二万〇、二三三円となつたので、その金額を積算すると原告車の取得価額は金四八万四、六一三円となる。そして定率法(減価償却資産の耐用年数等に関する省令昭和四〇年三月三一日大蔵省令一五号によれば償却率は〇・三一九)による原告車の償却額は金五万一、五三〇円となる(484,613×0.319×1/3=51,530)。また原告は自己の車輌保険の保険金として金三七万円を受領しているので、結局、右取得価額金四八万四、六一三円から右減価償却額金五万一、五三〇円及び右受取保険金三七万円を各控除した残額金六万三、〇八三円が物損額となる。

8  弁護士費用 金一六万円

原告は被告等と示談を交渉したが被告等の不誠意のため遂に弁護士に委任して本訴提起の已むなきに至り、弁護士に対し少なくとも金一六万円の費用を支払う約束をした。

五  原告泰子(昭和一六年一二月一一日生)の負傷と治療経過

1  岐阜県立多治見病院関係

(一) 整形外科

病名 左股関節中心性脱臼。頭蓋骨折。右膝部挫創及び左膝部切創

入院期間 自昭和四七年四月一〇日至同年九月三〇日

延入院日数一七四日

通院期間 自昭和四七年一〇月一日至同年一一月六日

通院実日数三日

要附添看護期間 自昭和四七年四月一〇日至同年六月一四日

(二) 産婦人科

病名 卵巣機能不全

通院日数 自昭和四七年八月一八日至同年九月一一日

通院実日数 二日、但し右整形外科入院中の院内通院である。

2  田口歯科医院(多治見市本町一丁目八三番地所在、院長田口勝男)関係

病名 上歯列中右二番及び左三、五番歯象牙質齲蝕。下歯列中右五番歯歯髄齲蝕―急化髄炎。同左五番歯残根―抜歯。同左六番歯歯髄齲蝕―急化歯根膜炎。上歯列中右六番及び左七番歯歯髄齲蝕。

通院期間 自昭和四七年九月一八日至同年一〇月六日通院実日数五日、但し多治見病院退院後は二日

3  藤田歯科医院(京都市東山区三条通白川橋東入三丁目寅町一六七所在、院長藤田曾登夫)関係

病名 上歯列中右六番歯象牙質齲蝕。下歯列中右五番歯漫化歯髄炎(日数経過により漫化したるもの)。同左八番歯歯髄齲蝕。同左六七番歯欠損。

通院期間 自昭和四七年一〇月一三日至同年一一月二二日通院実日数一四日

4  右病医院における治療期間の合計

(一) 総合治療期間 自昭和四七年四月一〇日至同年一一月二二日

(二) 入院延日数 一七四日

(三) 要附添看護日数 六六日

(四) 通院実日数 一九日

5  後遺症

(一) 左股関節及び左膝関節の機能障害

左股関節に疼痛があり、歩行時に左足へ荷重できず重度跛行し、ために腰痛を誘発、又正座姿勢をとることが不可能(労働者災害補償保険法施行規則第一四条別表第一の第一二級に該当)

(二) 手術創瘢痕 (イ) 左腸骨部二〇糎

(ロ) 右膝から下腿外側一六糎

(右労災等級第一二級の一四に該当)

(三) 七歯に対し歯科補綴(右労災等級第一二級の三に該当)

六  原告泰子の損害合計金三一二万七、〇〇〇円(千位未満切捨)

1  逸失利益 金八六万九、七七六円

(一) 喪失給料相当額 金二〇万八、二〇〇円

昭和四三年賃金構造基本統計調査報告に基づく同年の全企業女子有職者(家事従業者を含む)平均年令別給与額は三〇才の場合月額金三万四、七〇〇円である。原告泰子は事故当時無職であつたが、就職していれば右平均賃金は稼得可能であつたから、同人の就労不能であつた六月の間右給料相当額金二〇万八、二〇〇円を喪失した。

(二) 労働能力喪失による逸失利益 金六六万一、五七六円

前記三個の後遺症(労災等級一一級)による原告の労働能力喪失率は二〇パーセントであり、その喪失期間は少なくとも一〇年は下らないから、ホフマン式計算法により逸失利益の現価額を算定すると金六六万一、五七六円となる。

(34,700×12×0.2×79.44=661,576)

2  附添費用

前記四2と同様の理由、単価により、附添看護に当たつた(1)井之口和子(2)同陽子(妹)(3)辰栄(母)三名に対する前記要附添看護期間中の日当相当額(食費、諸雑費及び旅費を含む)金二六万四、〇〇〇円の支払を求める。

3  入院中の諸雑費 金八万七、〇〇〇円

入院実日数一七四日に前記四3同様五〇〇円の単価を乗じた金八万七、〇〇〇円

4  交通費 金一万五、八一〇円

(一) 退院時タクシー代 金一、二五〇円

(二) 通院時交通費 金四、五六〇円

(前記四4(二)同様¥240×19日=¥4,560)

(三) 京都市往復 金一万円

5  治療費 金一一万一、〇八〇円

(一) 田口歯科医院関係 金四、二一〇円

(二) 藤田歯科医院関係 金一〇万六、八七〇円

6  慰藉料 金一五〇万円

(一) 入院中の精神的損害 金六〇万円

(二) 通院中の〃 金一〇万円

(三) 前記後遺症による精神的損害 金八〇万円

7  弁護士費用 金二八万円

前記四8同様の理由により金二八万円を支払う約束をした。

七  原告淳子(昭和四五年一一月二七日生)の負傷と治療経過

1  岐阜県立多治見病院関係

(一) 外科

病名 両下腿、両手挫傷及び擦過傷

通院期間 自昭和四七年四月一〇日至同年同月一四日

通院実日数五日

(二) 整形外科

病名 右大腿骨々折

入院期間及び要附添看護期間 自昭和四七年四月一〇日至同年五月一四日

入院及び要附添看護延日数三五日

2  原告は退院後、両親が本件被害のため原告の面倒を見るに由なく、五月一八日京都市東山区粟田柚の木町三五八番地井之口辰栄(母方祖母)方へ引取られてリハビリテーシヨン訓練及び衣食その他生活の一切に亘つて世話を受けて同年一一月三〇日まで過ごした。

八  原告淳子の損害合計金九九万六、〇〇〇円(千位未満切捨)

1  附添看護養育費用 金六六万六、五〇〇円

(一) 昭和四七年四月一〇日以降同年五月一五日退院に至る通算三五日間に亘つて、(イ)井之口辰栄(ロ)同和子(叔母)(ハ)同陽子(同)の三名によつて甚大な労苦を伴なう附添看護を受けたから、前出三(二)同様右三五日に単価金五、〇〇〇円を乗じた金一七万五、〇〇〇円

(二) 退院後の附添看護養育料 金四九万一、五〇〇円

前記祖母井之口辰栄(和服刺縫業自営)方で養育された期間中、毎日午前九時頃より、午后五時迄の日中は近所の知り合いに預けられ、その謝礼金として月一万五、〇〇〇円、合計金九万七、五〇〇円を要した。また祖母の附添養育料は少なくとも一日金二、〇〇〇円と評価できるから養育延日数一九七日に右単価を乗じた合計金三九万四、〇〇〇円の支払を求める。

2  諸雑費 金四万〇、〇五〇円

(一) 入院中の諸雑費 金一万〇、五〇〇円

原告の入院実日数三五日に一日当たり諸雑費支出を三〇〇円とし、その単価を乗じた金一万〇、五〇〇円

(二) 祖母宅における滞在日数一九七日に一日当たり諸雑費支出を金一五〇円としその単価を乗じた金二万九、五五〇円

3  慰藉料 金二〇万円

原告淳子は、この請求時現在において、身体上はさしたる後遺症はみられないが、精神的には著しく情緒不安定である。即ちたえずオドオドと怯えている様子で自動車はもとより汽車、電車等あらゆる乗物に乗ることを拒み、無理に乗せようとすると狂気の形相を呈し、激しいひきつけを起こす(多治見病院退院時及び京都往復の新幹線乗車に際しては、予め医師の処方にかかる睡眠薬を投与し、睡らせてから乗せている)だけでなく、単に往還の自動車を見ただけで泣き喚く状態であつて、事故時の恐怖感が今なお幼い心を把えている。また幼児であり乍ら、衝突により大衝撃と骨折を蒙り入院治療と両親殊に母の手を離れて各所を転々としたという異常体験は原告の肉体的精神的成長を著しく阻害した。右精神的損害の慰藉料として金二〇万円を求める。

4  原告淳子の弁護士費用

原告享、同泰子の場合と同様の理由により金九万円を求める。

第四請求の原因に対する答弁

一  請求原因一の1ないし5は認める。同6は争う。

二  請求原因二のうち、被告車が被告元七の保有車であり、被告飴句伃に使用を許容していたことは認めるが、その他は争う。

三  請求原因三ないし八は争う。

第五被告らの主張

一  支払の主張

1  治療費として

原告享分 一万一、九〇〇円(多治見病院分)

原告泰子分 四五万〇、七六五円(〃)

原告淳子分 四万五、七八五円(〃)

2  休業保償費として一二〇万円

二  原告泰子の治療に際し、被告らは自分の血液の提供をしたのみならず、友人、知人にも依頼してその血液を原告のため提供して貰つたのであり、加害者として十分誠意を尽していたものであるから、この点慰藉料等算定の際十分斟酌して頂きたい。

第六被告らの主張に対する原告らの反論

被告らの主張一、支払の主張の事実中原告らが同一二〇万円の支払を受けたことは認めるがその内訳は、休業補償費金七〇万円、贈与金五〇万円である。治療費支払の点は不知。

第七証拠〔略〕

理由

一  請求原因一の1ないし5は当事者間に争いがない。

二  〔証拠略〕を総合すれば、本件事故現場は南側が崖、北側が庄内川となつている片側一車線の東西に走る道路上であり、該道路は幅員七・五メートルの舗装された平坦道路で、毎時五〇キロメートルの速度制限並びに追越禁止の交通規制が存し、交通ひんぱんであるが見通しの良い道路条件にあること、本件事故は、右道路上を東進する原告享運転の原告車に、西進する被告飴句伃運転の被告車が、被告飴句伃のハンドル操作を正しく行なわなかつた過失によりセンターラインを越えて原告車線上に出たために起つた正面衝突事故であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。被告元七は被告車の保有者であり、被告飴句伃にその使用を許していたものであることは当事者間に争いがない。以上によれば、被告飴句伃は民法七〇九条により、また被告元七は自賠法三条によつて原告らの後記損害を賠償する義務がある。

三  原告らの負傷と治療経過

〔証拠略〕を総合すれば、請求原因三の1ないし3五の1ないし4各記載の事実(負傷と治療経過―後遺症の点を除く)並びに右負傷が本件事故に基づくものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、〔証拠略〕によれば原告淳子は昭和四七年四月一〇日から毎日多治見病院外科において両下腿両手挫傷、擦過傷の治療を受けていたが同人が生後一才四ケ月の幼児で症状を適切に訴える力を有しなかつたため、同人の右大腿骨々折の発見が遅れ、同月一四日に至つて初めて右骨折を発見して、同日その治療のため同病院整形外科への入院措置がとられたこと、そして同人の右入院期間は翌五月一四日迄の三一日間であつたこと、しかしながら同病院においては同人の右負傷状態、同人の年令を考慮し、また同人の両親が入院している事態に鑑み、右外科への通院期間も含め同月一〇より同年五月一四日までの間三五日間附添看護が必要であつたと判断していること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。〔証拠略〕中の四月一〇日に原告ら三名が共に入院したという部分は措信できない。)

四  後遺症

1  原告享

〔証拠略〕を総合すれば、多治見病院の医師は、原告享に後遺症は存しないものと診断している(但し、歯科所見は除く)こと、しかし、同人は現在請求原因三の4の(一)(二)記載の自覚症状を有していること、柳瀬歯科医院では同人に対し、上列左一番歯欠損のため架橋差歯補綴をしたこと(前歯二本を抜いて架橋した旨の原告享本人尋問の結果は措信しない)が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

2  原告泰子

〔証拠略〕を総合すれば、同人は本件事故により露出部(右膝下腿外側約一六センチメートル)瘢痕及び左股関節の軽度の機能障害を有するに至つたこと、右は多治見病院医師により労災保険法施行規則一四条別表の第一一級と診断されたこと、また同人は田口歯科医院において下列左五番歯を抜歯し、藤田歯料医院において下列左六、七番歯が欠損のため架橋装着を施されたこと、以上の事実が認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。

五  原告享の損害 金一二九万三、九五四円

1  原告享の休業損害 金六八万九、二四四円

〔証拠略〕を総合すれば、原告享は訴外日本サツシメンテナンス株式会社(名古屋市昭和区小針町四丁目一番地所在)にサツシ修理工として稼働しているが、本件事故当日より昭和四七年七月二二日まで計一〇四日休職し、その間金三八万八、五四四円の得べかりし給与(事故前三カ月の月平均給与一一万二、一〇〇円、一日当たり三、七三六円の一〇四日分)、並びに金三〇万〇、七〇〇円を得べかりし賞与(昭和四七年夏期賞与)を喪失した事実が認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  原告享の附添費用 金二万円

〔証拠略〕によれば、原告享は入院当初重傷のため二〇日間にわたつて附添を要し近親者が附添つたことが認められ、近親者の入院附添には少なくとも一日当り一、〇〇〇円を要することは公知の事実であるから合計金二万円は原告享の蒙つた損害である。

3  原告享の入院雑費 金七、七五〇円

原告享は前記のとおり入院三一日間を余儀なくされたところ、入院患者がちり紙、タオル、石けん、通信費等入院雑費として一日あたり二五〇円を要することは公知の事実であるから、入院雑費として原告享は金七、七五〇円の損害を蒙つた。

4  原告享の交通費 金八、二一〇円

〔証拠略〕によれば、原告享が多治見病院退院時タクシー代として金一、二五〇円、同病院通院のための往復交通費として金六、九六〇円を要したことが認められ、これは本件事故により同人が蒙つた損害である。原告享の瀬戸警察出頭のための交通費は、刑事事件の処理上、同署より出頭を求められて同人がこれに応じたため要したものであつて本件事故と相当因果関係にある損害とは認められない。

5  原告享の治療費 金一二万円

〔証拠略〕によれば柳瀬歯科医院の治療費として金一二万円を要した事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。右は原告享が本件事故により蒙つた損害である。

6  原告享の慰藉料 金三〇万円

前記二認定の本件事故の態様、同三認定中の原告享の負傷と治療経過同四1認定の後遺症その他諸般の事情を考慮すれば、原告享が本件事故により蒙つた精神的損害は同三〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

7  物損

〔証拠略〕を総合すれば、原告享は昭和四六年一二月一〇日原告車(トヨタカローラ・セダン・デラツクス)を購入後一二〇日経過して本件事故に遭遇し、原告車は大破して修理不能となり廃棄処分の已むなきに至つたこと、右購入時同原告は車両代金四二万七、〇〇〇円、自賠責保険金三万五、四五〇円、自動車取得税金一万三、三八〇円、自動車税金五、二五〇円、登録手数料金一万四、〇〇〇円、手形手数料金二万五、〇五〇円、自動車重量税金一万円の出費をなしたこと、同原告は本件事故後車両保険金三七万円を受領していること、以上の事実が認められ、右認定事実に基づき原告車の破損による損害額を考えるに、事故時の中古車市場における取引価額の算定基礎となる購入時の取得価額は、原告車の交換価値を形成する費目により決定さるべきことに照らし、同原告の右各出費のうち車両代金四二万七、〇〇〇円のみがこれに該るとみるべきであり、該価額並びに右認定事実以外に原告車の事故時の取引価額を推認すべき資料のない本件においては、購入後の減価償却の点並びに中古車市場における取引価額は課税又は企業会計上の減価償却の方法である定率法又は定額法による各償却残価額とは差があることおよび自動車は登録されるとそれだけの理由で約二〇パーセント、中古車市場における価額が減額されることは経験則上明らかである点等を考慮に入れ控え目にこれを評価するのが相当であるから、結局、当裁判所としては原告車の破損による損害は同原告の受領保険金額と同額の金三七万円と認めるのを相当とする。そうであれば、同原告の右損害は保険金の受領により既に填補されたこととなるから、同原告の物損請求は理由がない。

8  原告淳子の保育に要した費用 金四万八、七五〇円

原告らは原告淳子の保育費用と監護養育費用とは原告淳子に生じた損害として請求するけれども、幼児について生じたかかる出費は本来その両親の婚姻費用としてその負担に係るものとするのが相当であるのところ、原告らは右各費用を原告享、同泰子両名に生じた損害として請求しているものと解して、以下右請求につき判断する。

〔証拠略〕によれば、原告夫婦の入院により両親による監護養育を受け得なかつた原告淳子は、退院後の五月一八日止むなく原告泰子の実家である井之口辰栄(原告淳子の祖母)方に引きとられたものの、同女は和服刺繍業を自営する身で、昼間は原告淳子の監護に当たるに由なく、止むを得ず近隣の井上某宅に保育を依頼する結果となつたこと、かくして原告淳子は毎日午前九時から午后五時迄昼間だけ右井上方で保育され、その保育は一一月末日迄(六ケ月強)継続したこと、右保育料金は月一万五、〇〇〇円であつたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして右六ケ月分の保育料金九万七、五〇〇円の二分の一に当る金四万八、七五〇円は本件事故との間に相当因果関係を有する原告享の損害と認める。

次に、祖母辰栄の監護養育料相応分についてであるが、前記認定の事情のもとでは、原告夫婦の原告淳子に対する監護養育のいわば代行をなしただけの右辰栄の負担分は、原告夫婦が右代行によつて免れた自宅養育費用とほぼ同額とみるべきであるから、原告夫婦の休業損害を認容することをもつて足りると認められ、格別の損害とは認められない。

9  弁護士費用 金一〇万円

原告享が本訴提起にあたつて原告訴訟代理人に訴訟追行を委任したことは記録上明らかであるが、本件訴訟の難易、経過、認容額、後記弁済の事実等諸般の事情を総合すると本件事故と相当因果関係にある弁護士費用の損害額としては金一〇万円を認めるのが相当である。

六  原告泰子の損害 金二三万四、二九四円

1  原告泰子の入院中の逸失利益

〔証拠略〕によれば、同人は昭和一六年一二月一一日生れで原告享との結婚(昭和四五年一月二五日)後も結婚前からの勤務先であつた日本専売公社京都工場において昭和四六年一二月三一日まで稼働していたこと、そのころの給料は金六万円位であつたこと、同工場を辞めて後は主婦として家事に専従していたことが認められ右認定を覆すに足る証拠はない。そして原告泰子が本件事故により一七四日間入院したことは前記認定のとおりであるから、同人は右期間主婦の家事労働に就くことができなかつたことによる損害を蒙つたものと認めるべきものであるところ、右損害は同人の前記の経歴家族構成その他諸般の事情に照らし全産業常用労働者女子平均賃金(賞与その他の特別給与を含む)の七〇パーセントに当ると認めるのが相当である。

よつて昭和四七年度賃金センサス第一巻第一表に基づく右給与月額金四万六、九〇〇円と特別給与額一二万九、七〇〇円の一二分の一、一万〇、八〇八円との合計金五万七、七〇八円の七〇パーセント(金四万〇、三九五円)を日割計算した金一、三四六円に一七四を乗じた金二三万四、二九四円が原告泰子の入院中の逸失利益となる。

2  原告泰子の後遺症による逸失利益 金四二万三、一一〇円

前記認定のとおりの原告泰子の治療経過、傷害の内容、程度、後遺症の内容、程度、経歴、年令、家族構成等諸般の事情を斟酌すれば、原告泰子の損害は、前記月額金四万〇、三九五円につき二〇パーセントの喪失、期間を五年と認めるのが相当であるから、ホフマン式計算法により、その現価を求めると次のとおり金四二万三、一一〇円となる。

(40,395円×12)×0.2×4.3643=423,110

3  原告泰子の附添費用 金六万六、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告泰子は入院当初重傷のため六六日間にわたつて附添を要したことおよび近親者が附添つたことが認められ、近親者の入院附添には一日当たり一、〇〇〇円を要することは公知の事実であるから合計金六万六、〇〇〇円は原告泰子の蒙つた損害である。

4  原告泰子の入院雑費 金四万三、五〇〇円

厚告泰子は前記のとおり入院一七四日を余儀なくされたところ前記五3説示のとおり入院雑費として一日当たり二五〇円を要することは公知の事実であるから、入院雑費として原告泰子は合計金四万三、五〇〇円の損害を蒙つた。

5  原告泰子の交通費 金二、四五〇円

〔証拠略〕を総合すれば前記享の交通費の場合と同様原告泰子が多治見病院並びに田口歯科医院(多治見市所在)通院のため金一、二〇〇円(二四〇円×五日)、退院時タクシー代金一、二五〇円を要した事実が認められ、右は本件事故による損害と認める。なお藤田歯科医院への通院交通費については立証がなく、京都市往復の費用については、原告泰子本人尋問の結果によれば、同人が退院後二カ月間京都の実家で自宅療養した事実が認められるものの、右自宅療養の必要性につき立証がなく、本件事故との相当因果関係を認めることができないから、いずれも理由がない。

6  原告泰子の治療費 金一一万一、〇八〇円

〔証拠略〕を総合すれば、原告泰子が歯科治療費金一一万一、〇八〇円(田口歯科医院関係四、二一〇円、藤田歯科医院関係一〇万六、八七〇円)を要した事実が認められ、右は本件事故による損害である。

7  原告泰子の慰藉料 金一一〇万円

前記二認定の本件事故の態様、同三認定中の原告泰子の負傷と治療経過、同四2認定の後遺症その他諸般の事情を考慮すれば、原告泰子が本件事故により蒙つた精神的損害は金一一〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

8  原告淳子の保育に要した費用 金四万八、七五〇円

前記五8前半と同様の理由によりこれを認める。祖母辰栄の監護養育料相応分については、同箇所後半説示するところと同様の理由によりこれを認めない。

9  原告泰子の弁護士費用 金一二万円

原告享の弁護士費用の場合と同様、諸般の事情を総合すると本件事故と相当因果関係にある原告泰子の弁護士費用の損害額としては金一二万円を認めるのが相当である。

七  原告淳子の損害

1  原告淳子の附添看護費用 金三万五、〇〇〇円

前記三中の原告淳子に関する部分での認定のとおり同人は本件事故による負傷のため三五日間附添看護を要したことおよび近親者が附添つたことが認められ、前同様近親者の附添看護には一日当たり一、〇〇〇円を要することは公知の事実であるから合計金三万五、〇〇〇円は原告淳子の蒙つた損害と認める。

2  原告淳子の入院雑費 金七、七五〇円

前記三認定のとおり原告淳子の入院実日数は三一日であるので、前記五3六4と同様、これに二五〇円を乗じた金七、七五〇円を原告淳子の入院雑費と認める。

次に祖母辰栄方滞在期間中の諸雑費分であるが、前項保育費用に関する説示後段と同様の理由によりこれを認めない。

3  原告淳子の慰藉料 金一五万円

前記二認定の本件事故の態様、同三認定中の原告淳子の負傷と治療経過その他諸般の事情を考慮すれば、原告淳子が本件事故により蒙つた精神的損害は金一五万円をもつて慰藉するのが相当である。

4  原告淳子の弁護士費用 金一万五、〇〇〇円

原告夫婦の場合と同様、諸般の事情を考慮のうえ弁護士費用として金一万五、〇〇〇円を相当と認める。

八  損害の填補

1  被告らの弁済の主張のうち治療費(多治見病院支払分)合計五〇万八、四五〇円については、本訴請求外の損害に対するものであるから、主張自体失当と言うべきである。

2  次に、被告らが原告らに対し、金一二〇万円を支払つたことについては当事者間に争いがない。そして原告らは右金員交付の趣旨につき、内五〇万円は損害賠償とは別に贈与されたものである旨主張するので判断するに、そもそも何等取引関係、身分関係にない加害者側たる被告らから被害者側たる原告側に事故後に交付された金員は特別の事情のない限り損害賠償の内払いであると解するのが相当であるところ、〔証拠略〕によれば被告らは原告らに対し損害賠償の内金として計七〇万円の支払を済ませてはいたが未だ被害者らに対する保険金が支払われていなかつた時機に被告飴句伃の刑事事件を有利に導くため金五〇万円を保険金とは別途に支払い、原告らから嘆願書を得た事実を認めることができる右認定事実によつてはいまだ前示特別事情の存在を認めるに足りない。よつて被告らの支払つた金員は、これを原告らに対する損害賠償の内入金とし前示各原告の損害認定額(但し、弁護士費用を除く)に従つて按分比例して充当されたものとするのが相当であり、その結果原告らの損害の残額(但し弁護士費用を除く)は次のとおりとなる。

原告享 金七七万四、五一九円

原告泰子 金一三一万六、三三三円

原告淳子 金一二万五、〇三八円

損害認定額(但弁護士費用を除く)

原告享:119万3,954…………<1>

同泰子:202万9,184…………<2>

同淳子:19万2,750…………<3>

<1>+<2>+<3> 341万5,888………<4>

損害残額

原告享 <1>-120万×<1>/<4>=77万4,519

同泰子 <2>-120万×<2>/<4>=131万6,333

同淳子 <3>-120万×<3>/<4>=12万5,038

従つて弁護士費用を加えた損害総残額は次のとおりとなる。

原告享 金八七万四、五一九円

原告泰子 金一四三万六、三三三円

原告淳子 金一四万〇、〇三八円

九  よつて被告らは各自原告享に対し、八七万四、五一九円、原告泰子に対し、一四三万六、三三三円、原告淳子に対し一四万〇、〇三八円と右金員の内前記弁護士費用を除く各金員に対する本件不法行為の翌日である昭和四七年四月一一日から各完済に至るまで前記各弁護士費用に対する本判決言渡の日の翌日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を各支払う義務があり、原告らの請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山武夫 安原浩 小池洋吉)

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